50UPブログ
震災から1ヶ月 [2011年4月11日 16:30]
あの震災から1ヶ月がたちました。
震災によって亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。
また、被災され、いまなお、不自由な生活をされていらっしゃる方に心よりお見舞い申し上げます。
この1ヶ月、本当にいろいろなことを感じ、考えました。
地震の恐怖、津波によって壊滅してしまった街の人々に対して無力な自分へのもどかしさと罪悪感、原発の不安、東京を離れる人への複雑な気持ち、電気は無尽蔵だと思っていた自分達の生活への反省、暗い東京の夜にとても明るく光っていた月と星の美しさ、ツイッターやユーストリームといったメディアが日々成長していくことへの驚嘆、ボランティアやネットでの情報発信で大活躍する若い人たちへの希望などなど・・・
そして、これから、自分は何をしていくべきなのか、何ができるのか・・・
これを機会にどんな社会になっていくことを希望するのか・・・
そしてこの1ヶ月でわかったのは、人と関わり、人同士がつながることの大切さ。
そして、多少不便でも自然とともに生きていけることのありがたさ。
そんなことを考えながら、またこれからの日々を過ごしていきたいと思っています。
100人インタビューも続けますので、これからもよろしくお願いします。
ゲーセン・シニア? [2011年2月 8日 17:20]
日本経済新聞の2月7日夕刊に「高齢者「ゲーセン」に憩う」という記事が載っていた。
家庭用ゲーム機や携帯ゲームに若者客を奪われ、勢いのなくなっているゲームセンターに、最近シニアの客が増えているのだそうだ。
「パチンコに何万円もかけるより手軽で楽しい」と、2~3時間をメダルゲーム等に費やすとか。
そういえば、パチンコ店も、当たりのレートは低いが玉の値段を安くし、長時間楽しめる店が話題になったり、高齢者向けの施設でも、花札などのギャンブルを(実際にお金は賭けないが)取り入れるところがあるという。
子どもの頃おまつりでやった射的やコリントゲーム、駄菓子屋のくじ、商店街の福引、若い頃やったマージャンやトランプゲーム、パチンコ、30年ほど前に流行ったインベーダーゲーム、そして宝くじや競馬等、射幸心に訴えるゲームというものは、年齢がいくつであろうと、人の心をワクワクさせる要素に満ちている。
それで生活費を稼ごうとか、儲けてやろうと思えば、難しい問題も出てくるだろうが、おこづかい程度で何時間か楽しめるのであれば、こうしたゲームがシニア層にも受けるのは当たり前のような気もする。
ただし、そこには、きっと若者相手とは異なる工夫も必要なのだろう。機械の操作のわかりやすさや照明、音響など、どんな形であればシニアがもっと楽しめるかという研究も必要な気がする。
比屋根米子さん [2011年1月19日 16:27]
沖縄在住の比屋根米子さんをご紹介します。
比屋根さんは那覇市役所に38年勤められ、やちむん通りの町づくりなどを手がけられた方。
2年前に定年退職された後、i-projects(あいプロジェクト)という活動を立ち上げました。
i-projects(あいプロジェクト)とは、ひとりひとりのI(私)の活動を応援するプロジェクト。
沖縄県や那覇市を元気に盛り上げたいという比屋根さんの強い願いで生まれました。
現在、比屋根さんがてがけていることの一つが、沖縄県の伊計島でもずく養殖漁を行っている浦添さんが作る「乾燥もずく」の応援。
もずくを乾燥させ、板海苔状にした乾燥もずくは、軽くて持ち運びも簡単にでき、水で戻せば沖縄名産のもずくの味と食感がそのまま復活するという優れもの。
浦添さんの乾燥もずくは、採ったもずくをすぐに自宅の屋上で3日間天日干しで乾燥させる完全な手作り乾燥もずくだそうです。
比屋根さんは浦添さんの「乾燥もずく」を一袋500円で販売することを計画しています。
実は、現在、沖縄のもずく生産者はもずくの価格低下によりかなり苦しい思いをしているとか。
「乾燥もずく」のワンコインで、生産者の支援を行うことができ、袋詰めの作業を地元の福祉作業所にしてもらうことで、就労支援にもなる。さらに、売上の一部を虐待防止プログラムを実施しているグループの基金に寄付する。買った人はもずくをおいしく食べ、健康にも役立つ。という一石二鳥どころか三鳥・四鳥の効果を生み出すことができるのだそう。
さらに、「乾燥もずく」で生産者と都会の消費者が結びつくことをきっかけに、将来は沖縄へのヘルス&エコツーリズムを立ち上げる等、沖縄の人たちが自分の手で経済的にも自立し、元気になると同時に、そこに来る人たちが楽しく、健康になり、元気になることも目指しているのだそうです。
私も浦添さんの「乾燥もずく」をいただいて、お味噌汁に入れてみましたが、磯の香りがとてもよく、歯ごたえも生もずくに劣らないしゃきしゃき感があり、もずく特有のぬめりも復活していて、本当においしくいただくことができました。
お話していてもとても快活でパワフルな比屋根さん、とにかく友達が多く、那覇の町を歩いていてもあらゆる人と声を交わし、まわりにいつも人が集まるオーラを持っていらっしゃいます。
もずく以外にも、読谷の芋農家や、琉球大学医学部で医学博士となった上海の女医さんなど、さまざまな人とつながり、応援したいと考えている比屋根さん、私もパワーのおすそ分けをいただいて、元気になって帰ってきました。
i-projectsブログ
100歳の手術・・・続き [2011年1月14日 16:06]
11日に大たい骨の手術をした100歳の祖母は、病院で元気です。
昨日からリハビリが始まり、といっても立って歩けるようになるわけではないので、
まっすぐ座って食事をしたり、車椅子で移動できたり、
できればつかまり立ちでオムツ換えやトイレができることが目標です。
ベッドの祖母は、目をさましていれば、常に手をたたいて誰かを呼び、
行くと手を掴んで、「つれてって!」と頼みます。
お出かけ好き。
ですが、今はどこへも行けないので、つらいところです。
祖母と一緒にいると、不思議な世界にいるようです。
同じことを何度も何度も繰り返し、忘れていき、
自分だけの世界にいるようで、でもまわりとなんだかコミュニケーションをとっている。
病院で面会のときだけ付き合う分には苦痛ではないし、ちょっと面白いけれど、
ずっと介護するとなるとかなり大変だと思う。
同室のほかの患者さんの家族の中には同じことを何度も言われていらだっている人もいる。
看護婦さんやヘルパーさんもやさしく対応する人、邪険な人、いろいろです。
部屋には常にオムツのニオイがうすーく漂っている。
自分がこの先どうなるのかということをいやがおうでも考えさせられるこの数日です。
2011年。100歳の手術。 [2011年1月12日 15:15]
50UPLIFEラボの竹之内です。
昨年は10月以降、なかなか更新できず、
とうとう2011年も12日目に入ってしまいました。
今年は、50UP、100人インタビューを進め、
更新もきちんとします。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
実は、今年の元旦の未明に、
私の祖母が施設のベッドから脱出した拍子に転倒し、
大たい骨を骨折してしまいました。
100歳で、認知症がかなり進んでおり、車椅子生活の祖母ですので、
手術をするかどうか、かなり家族も迷いました。
手術をすれば、痛みはなくなり、リハビリでもしかしたら車椅子に座れるかもしれない。
でも高齢だし、貧血がかなりひどいので、術後の感染症予防や点滴の調整がむずかしい。
手術をしなければ、寝たきりは確実。骨がつかないので、痛みも残る。
ただし、手術によるリスクは防げる。
結局、痛みを取るほうがいいのでは、ということで、手術することに決め、
昨日100歳の手術をしました。
元気で生還。
認知症なので手術をしたという自覚はなく、はやく起こしてと家族をせっついています。
これから先、しばらくはいろいろリスクもあり、リハビリも大変かもしれませんが、
高齢だから、あきらめる必要はないのだということを痛感したお正月でした。
そういえば、100歳の心臓手術に成功という記事もありましたよね。